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俺たちは今この場所から 走り出すこの列車の窓から
流れる景色を見てそれぞれに 思いが募る町が今日の目的地
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正しい人生なんてないのだ。
それぞれがお互いのことを否定したがる。

でも裏を返せば、
自分の人生が一番いいと思っているから、
出る言葉でもある。

そのくらい自分の人生に自信があり、納得しているのだろう。

でもあらゆる人の互いの否定を、
いくつもの角度から同時に聞いたりすると、
なんだか人生にどっと疲れたりするものだ。

じゃあ、どんな人生が正しいのだろう?
真剣勝負
お互いが120%考えて意見を言い合えるかどうか。
それができるということは、それぞれがしっかり自分なりに考え抜き、
自分の考えに自信と責任を持ち、かつ相手の意見も受け入れる余裕と、それを噛み砕いて自らのものと融合させられるという頭の回転の速さ(脳を使うことの慣れ?)と仕事と仲間に対する真摯さ、また良い仕事をしようという真剣さがなくてはならない。

それが全くできなくなってしまったのはなぜか。
同じ土壌で育ちながらも、枝分かれし、牽制し合うようになったのはなぜか。

相乗効果が出せないばかりか、牽制し合ってお互いの力をマイナスするような仲間なら、いない方がましだろう。。。。
人生はコミュニケーションで変わる。
仕事で成功したい、社会的地位を築きたい、年収UPしたい…
仕事というものを通じて自己実現するときに、それを叶えられる人の資質ってあると思う。
例えば運の良さ、素頭の良さ、明確な目標、それに向かう努力…

でも結局、
「人とコミュニケーションを取れる」かどうか、
「信頼関係を築ける」かどうかで、
人生の成否は決まってしまうのではないだろうか。

どれだけの努力も、恐らく人と人とのつながりには勝てない。

いくら頭が良くても、モノを知ってても、知見が広くても、
人脈を豊富に持ち、あらゆる方面で関係性をつくれるということには
かなわないのではないだろうか。
国家の品格
国家の品格
国家の品格


(本文より)
「美しい情緒が重要な3番目の理由は、情緒が真の国際人を育てるということです。「国際人」というと、すぐに「英語」となるのですが、英語と国際人に直接の関係はない。」


学生時代カナダで過ごしていた頃、なぜ英語を勉強しているのか、なぜ海外で暮らしたかったのか、考えた末に行き着いた答えと同じことが書いてあった。
英語を話せる人に抱くイメージを追いかけて、英語というツールを追いかけて、結局そこには何の実態もないことに気がつき、どうしようもない虚無感に襲われたこともあった。

『ここ(日本)』でできなければ、世界中のどこに行ってもできない。
中身がなければ、英語を話せても伝えることがない。

大学で英語を専攻する学生は、
そのことに気づかず英語を学んでいる人が多い(ような気がする)。

自分の考えを自分の言葉で語れる。
人と深いコミュニケーションがとれる。
そこに言語は関係ない(場合が多い)。
故郷に帰る2 〜塩湯とうに丼
海沿いをドライブしていて、「塩湯」という温泉にたどり着いた。
海の近くで温泉が湧き出ているらしい。
入るとしょっぱい。

ちなみに写っているのはうちの父と母。
塩湯。ちなみに写っているのはうちの父と母。


海の隣に立つ温泉「塩湯」
海の隣に立つ温泉「塩湯」


この水槽からあげてすぐさばいてくれる。
塩湯の隣の魚介レストラン。
この水槽からあげてすぐさばいてくれる。


うにいくら丼!! h0なり。
うにいくら丼!!¥1,500なり。


刺身も新鮮!
刺身も新鮮!



お湯につかって、美味しいお魚を食べて、
非常に満足したプチドライブでしたヽ( ´▽`)ノ
故郷に帰る。
私が生まれ育ったのは、九州・大分の県南の港町。
海に囲まれているが、海岸というよりは漁港。

こんな感じ

湾の中だから波は静かで、おだやか。
小さい漁船が出ていく音と、磯の香りがする町。

中学や高校の時は、家の前の堤防に、
よく「とり」と散歩に行って色々話していた。

釣りをしているおじさんがいたり、
夏には花火をしたり、
夜光虫を見たり、
忘れていた色々なことを思い出した。

最近ここ数年のことしか思い出さないけど、
実は今の自分を形作っているものは
普段は忘れているこんなところにあるのだなぁと思う。
ブログ始めました☆
ようやく念願のブログ始めました〜〜〜(o^∇^o)ノ



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なんか、最初のコメントって、書くことに迷うね。。。